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港のシンボルジャックの塔+横浜のメリーさん

横浜港のシンボル3ッつの塔の内、以前「キングとクイーンの塔」を紹介したが、
ジャックの塔がもれていた。
この塔がジャックの塔で、現横浜開港記念会館。
明治7年に建てられ明治39年消失、大正7年に再建された建物。
当時、貿易商たちが事務所や集会所のために造ったものだそうです。

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日本人設計の、イギリス風の建物で、この屋根は平成2年、当初の姿に再建されました。
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現在は内部工事のため、閉館中です。

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参考に違った角度から、もう一度掲載します、右がクイーンの塔、左がキングの塔です。

20060930010659.jpg
裏通りを歩いていたら、こんなポスターを見つけた。
「よこはまのメリーさん」と言えば、横浜の人で知らない人がいないくらいの有名人。
しかし、実際に見た人はそんなに多くないと思う。
いつも、白化粧、白装束で歩いていたため、以前から「見た?いたよ」と会話にあがった人。
戦後50年娼婦として、数奇な人生を送り、昨年?亡くなったらしい。
1995年忽然と姿を消したとの話もあります。
TVでも紹介され、映画化された、今や伝説の人。
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2006/09/30 01:47 | 建物 | コメント(8) | Trackback(0) | pagetop↑
思い出巡り(登校道)
前日に続いて、思い出巡り。
小学校から、あの頃住んでいた家までの登校道です。
本当に個人的な思い出ばかりですが、しばらくお付き合いして下さい。



学校の前の道を みゆき通りと言い、ここをまっすぐ行くと、東銀座に向かいます。
当時もビルが並んでいましたが、小学校低学年の頃は戦後の焼け跡も所々残っており、コウモリがビルの間を飛び回っていました。

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今回の思い出巡りは、当時の寄り道コースの一つ。
晴海通りを銀座4丁目方向に歩き、途中天賞堂に寄りました。
鉄道模型にあこがれた聖地で、今は鉄筋のビルになっていますが、当時は木造2階建て、きしむ階段を上がると、色々な模型の並ぶ夢の世界でした。
写真は、4丁目の交差点をみゆき橋あたりから眺めたところです。
右に日本で一番地価の高い、九居堂のビルが見えます。

20060824170129.jpg

この映画館はみゆき橋の下にあり、あの頃はニュース映画と言う名前でした。
ミッキーやポパイの短編映画と、ニュース映画のみを上映していて、入場料は30円だったと記憶しています。
この場所から8丁目方面を見たのが下の写真です。
20060824170141.jpg

すっかり、ビル群となってしまいました。
この道をまっすぐ行くと、スエヒロがあり、其処を左に曲がったところが 磁器で有名な香蘭社。
昔とは道路を挟んで位置が変わっていました。
香蘭社前を右に曲がったところが 東銀座6丁目。

20060824170152.jpg

これが住んでいた、東銀座6丁目の通りです。
当時は、右側角にレコード販売店、個人の家、大衆食堂、そして髭猿の住んでいた電気工事会社、あの当時は有名だった銀嶺写真館・・・と並んでいました。
しかし、どの建物も今は有りません。
この辺かなと特定するのも難しいぐらいに変わってしまいました。
多分、リコーと書いてある赤い看板のあたりだと思います。
50年も経ってしまったので、面影一つ無いのも仕方有りません。
ただ記憶の中に、思い出として残っているだけです。

当時の話は、髭猿ブログに書き込みしています。
昨日に続き、興味がありましたら覗いてみてください。
この記事の前後に、当時のことを数回にわたり書き込みしています。
http://higezaru.at.webry.info/200410/article_24.html
2006/08/24 17:45 | 建物 | コメント(4) | Trackback(0) | pagetop↑
思い出巡り(小学校)
19日の土曜日、飛孤爺さんの個展を見に、帝国ホテルまで出掛けた。
髭猿の通っていた小学校は、山手線を挟んで反対側にあり、良いチャンスなので思いで巡りをすることにした。


これが小学校の正面玄関。
この学校に通っていた時期は、昭和25年~30年の六年間。
あれから、半世紀が過ぎてしまった。
当時からコンクリートの建物で、ほとんど変わっていないたたずまいは、嬉しくもあり、懐かしくもある。

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泰明小学校の校票で、当時のまま。
この学校は、有楽町、数寄屋橋のそばにあり、創立130年を迎える。
学校併合の中にあって、併合されることなく、そのまま残っているのは有り難いことである。
ちなみに中学は新橋演舞場の裏手にあったが、併合によって今は無くなってしまった。

20060823114534.jpg

校庭中央の時計のあるベランダ。
朝礼はこの下で行われた。
あの頃は、蔦が全くなく見た目は変わっているが、建物は当時のままで、三階左に4年から6年までいた教室があり、今でも高学年は三階ということは変わっていないようだ。

20060823114548.jpg

理科室(三階)図書室(二階)のある建物。
気象クラブに入っていて、毎朝、天気予報の旗を揚げに通った所でもある。
グランドは、都会の真ん中で とにかく狭く、当時からコンクリートのグランドだった。
後ろに見えるのは、有楽町マリオン。
昔、日劇と朝日新聞社のあったところである。

20060823114614.jpg

数寄屋橋公園から、体育館を写してみた。
当時は、空襲の爆弾で一部壊れていた部分が残っていた。
1~3年担任の女先生は、当時の空襲の時、ガラスの破片を身体に浴び、身体からガラスの破片が出てくると聞かされていた事を思い出した。
後方の建物は、帝国ホテル。
あの頃は、明治の風情を残した、低い建物だった。
このホテルの前に、宝塚の劇場がある。

20060823114631.jpg

校舎の裏側。
当時はこの右側が川になっており、この窓から給食の脱脂粉乳のミルクが嫌いで、川に向かって良く投げ捨てたものであった。
今では、埋め立てられ、高速道路となっている。

何十年か振りに小学校を訪ねてみたが、建物も当時のままで、色々な思い出がいっぺんによみがえってきた、嬉しい時間だった。

小学校時代のことは、髭猿の書き込みブログにも記事がありますので、
よろしかったら、覗いてみてください。
http://higezaru.at.webry.info/200410/article_21.html
2006/08/23 12:39 | 建物 | コメント(4) | Trackback(0) | pagetop↑
三渓園のお茶会 その2 月下殿
     
 前日に続きます。
 お茶会の会場になった「月下殿」の縁側。
 古い建物なので、ぬれ縁の木目も美しく浮き出ている。
 数ある三渓園の茶室の中でも一番高い所にあり、ここからの眺めは素晴らしい。
 左の障子が茶室で、お客様はこの廊下を渡って席入りとなる。

20060417173957.jpg
 ちょっとした晴れ間に、桧皮葺きの屋根が暖められ、気温が低いためか湯気が上がっていた。
20060417173939.jpg
 雨の中を来て下さったお客様。
 ここには、観光客も沢山通り、外国の人も興味があるのか、飛び入りで席に着くことも。
 (本来は、お茶券を持っている人のみは入れるのですが、そこは亭主の気持ち次第)

20060417173925.jpg
 ここに来る途中の道は苔むしているところもあり、
 朽ちた切り株にも、苔が生えていた。
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2006/04/17 18:18 | 建物 | コメント(4) | Trackback(0) | pagetop↑
これでも民家??

 始めお寺と間違えてしまい、門をくぐったらどうも違う。
 この辺の地主の家でしょうか。
 妻飾りと言い、唐破風飾りと言い。
 ちょっとしたお寺より立派です。
20060410141206.jpg

20060410141216.jpg

2006/04/10 14:18 | 建物 | コメント(8) | Trackback(0) | pagetop↑
横浜の洋館 外交官の家

 昨日のブラフ18番館の隣が、この外交官の家。
明治43年に東京都渋谷区に建てられた、明治政府の外交官であった内田定槌氏の、邸宅であった建物で、平成9年ここに移築したものだそうです。
20051203133816.jpg
  映画に出てきそうな建物ですね。
旧髭猿の写真帳でも「横浜、外交官の家、ドアと窓」 というタイトルでUPしています。

          20051203133847.jpg
             この洋館の、窓の明かり

20051203133833.jpg
 洋館前下の西洋式庭園。ここからは横浜の街が一望できます。

テーマ:観光地の写真 - ジャンル:写真

2005/12/04 00:12 | 建物 | コメント(2) | Trackback(0) | pagetop↑
横浜の洋館 ブラフ18番館
ぶらふ1
 教室の生徒が個展をやるとかで、石川町駅そばのブラフ18番館に行った。
 この建物、関東大震災後に外国人住宅として建てられ、戦後はカトリック山手教会の司祭館として使用されていたとか。

 教室展も、以前はイギリス館でしていたが、最近はこの建物右側隣接のホールでしている。
 今年は抽選ではずれ出来なかったが、来年こそはいい日が取れる事を願っている。
 来週、来年3月分の抽選がある。

          ぶらふ2
                          ブラフ18番館、窓の明かり。

ぶらふ3
 これが隣接しているホール、生徒の個展をやっている。
 犬と一緒に行ったので内緒で、右の出口から入れてもらった。
2005/12/03 00:01 | 建物 | コメント(0) | Trackback(0) | pagetop↑
葉山の海の夕日
紅葉狩りから帰ってきた次の日、親戚の結婚式があり、式場が葉山の海岸際にあった。
時間的にも場所も最高の条件、これは撮らずばなるまいと、結婚式もそっちのけ?で、
夕日を撮った。
余り日が過ぎては、UPする機会がが無くなるので、八ヶ岳の写真を後回しにすることに。
11月1日、日没までの夕日。
ゆうひ1
まだ 日が沈むには少し早い、もうそろそろ結婚式が始まる頃。 海はべた凪。

ゆうひ2
式も終わり、披露宴が始まる頃、赤みが増してきた。
太陽のまわりに光彩?が見える。

ゆうひ3
宴もたけなわ、いかに隙を見て夕日を撮るか、虎視眈々。
光彩が雲に広がる。 翼を広げたフェニックスの出現。

ゆうひ4
司会者が気を利かせ、この少し前から列席者がベランダに出て記念写真を撮る許可が出た。
既に海の反射もなく、薄暗くなってきた。

ゆうひ5
宴も進んでいるが、新郎新婦のまわりで出席者が写真を撮っているので、ベランダに残り日没までねばる。
ここまで沈むと、太陽が動いて見え、あれよあれよで陽が没した。

ゆうひ6
完全に日没、金星が出ていた。   後30分ほどで結婚式も終わる。

(夕日ばかりでなく、乾杯の挨拶もどうにか済ませ、新郎新婦の写真もチャンと撮影。
宴の終わり頃、結婚指輪を作ってくれたお礼にと、モーツワルト100のCDまで頂きました。
いろんな意味で、楽しく実りある結婚式でした。)

テーマ:夕焼けの写真 - ジャンル:写真

2005/11/04 00:01 | 建物 | コメント(4) | Trackback(1) | pagetop↑
キングとクイーンの塔
キングの塔

神奈川県庁を、通称「キングの塔」(上写真)と呼びます。
道路を挟んだ海側に、横浜税関の建物があり「クイーンの塔」(中写真)と呼ばれています。
もう一つ「ジャックの塔」といわれている、開港記念会館の建物がありますが、今回は寄れませんでした。
船乗り達が横浜に寄港した時、この三つの塔を見てホッとし、長い航路が無事であった喜びを噛みしめたと言う話があります。
クイーンの塔



下は県庁前、日本大通りの銀杏並木。
黄葉時期には、落葉で道路一面黄色一色、ぎんなんも採れます。
日本大通り

2005/09/25 00:01 | 建物 | コメント(4) | Trackback(0) | pagetop↑
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