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二つの 虹梁の龍 

この龍の装飾は、前記事の神社の物。
上部の蛍光灯や もろ見えの配線が、いかにも片田舎の風情があり、これはこれで有りなんだろう。
それにしても、ここは一応町なのだが、村のような感じがする。

20061013225610.jpg
この龍は、山梨の山奥、小さな神社のもの。
左右反転した形を取っているが、同じ様で同じでないところが興味深い。
ところでこの神社、形式は神社の形で狛犬もいるが、あげるのは祝詞(のりと)ではなく、
仏教のお経なのが面白い。(祝詞はあげない)
仏教は神道も取り込んでしまうと言うことだろうか。
多分、逆は無いだろう。

いや、思い出しました、小淵沢の身曾岐神社はメインが祝詞だが、お経もあげるとのことです。
言い換えれば、日本人にとって神道と仏教はそれほど生活に密着していた、と言うことだろう。
ここの神主の話では、
「神道は霊を取り除き封じることは出来るが、教え諭す教化は、仏教で無ければ出来ない」
からだそうだ。

んー、そう言われれば陰陽師は悪霊を取り除いているが、
霊、自らを諭し成仏させたりしないように思う。
この辺の違いも興味有るところだ。
2006/10/13 23:19 | | コメント(6) | Trackback(0) | pagetop↑
<<鬼の横顔 | HOME | 落ち葉焚き>>
コメント
小さなお社でも、彫刻はしっかりされていて風情がありますね。
大きな神社のコテコテなのより好きです。
時の権力の勝手な政策での「神仏習合」とか「神仏分離」とかへんなことするからよくわかんなくなるんですよねぇ~。(-_-;
「おぉ神よ!」とか「父なる神よ」ではなく、「神様仏様~」ってのが日本人的なんでしょうね。
こたたまメンバーと出歩い、記事が増えてから「小さな神さま仏さま」の方をほっぽらかしてしまっています。(^^;)
なあ * URL [編集]2006/10/14 08:48
こんばんわ。
古い、田舎の神社の方が、彫刻も風情が有るように感じます。
私の実家の氏神様にも、神様と一緒に仏様が祭られていましたが、
神仏分離のさいに、仏様(阿弥陀様)と、
二体の仏様を神社にお祀りできなくなって、
当時、村長だった曽祖父が、実家へ引き取ったとかで、
実家の仏壇に今もおみえです。
そんな話も、すでに町内の誰も知らない話しです‥。
ジェナス * URL [編集]2006/10/14 19:18
こんにちは、なあさん。
神社をあちこち覗いてみると、みんな同じ様で微妙に工夫がされて面白いです。
お宮参りに始まって、お寺の葬式、この方が日本人にはしっくり来ますね。
でも、だんだん忘れられていくように感じます。
髭猿 * URL [編集]2006/10/18 11:46
こんにちは、ジェナスさん。
どんな神社にも、それにまつわる歴史があり、興味深いのですが、
村が町になり、人々の心に繋がりが薄れてくると、色々の物が失われていくのは、寂しい限りです。
氏神様にお参りに行かず、大きな神社でお宮参りや、初詣。
これでは、氏神様の立場がなくなります。
ちょっと、立ち寄って手を合わせても、罰は当たらないと思うのですが。
髭猿 * URL [編集]2006/10/18 11:54
「こたたまにっき」のサブブログ「小さな神さま仏さま」は、もともと、本当はあたりまえのように身近にいらっしゃる神さま仏さまを感じよう。というコンセプトではじめたんですが・・・。こたたまメインで吸収合併状態になってしまいました。(^^;)
まさに、髭猿さんのジェナスさんへのコメントどおりですね。
ちなみに「小さな~」のサブタイトルは「立ち止まって手向けてみよう身近な神さま仏さま」です。
なあ * URL [編集]2006/10/18 23:13
こんばんは、なあさん。
「小さな神さま仏さま」、紹介されるまで知りませんでした。
早速拝見させていただきました。
サブタイトルは良い言葉ですね。
色々ないわれがあって祀られているのでしょうが、
草むしている石仏や石塔を見ると、ここで何かあったのかなと、
思いめぐらすことがあります。
髭猿 * URL [編集]2006/10/23 19:57
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